大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(ワ)3816号 判決

原告 清沢清

右代理人弁護士 桑江常善

被告 黄朝明

右代理人弁護士 滝沢国雄

同 大崎巖男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

(第一次請求について。)

一、原告が昭和二六年中本件全家屋を梅原昇一から買い受けて所有権を取得したこと、当時被告が本件家屋の基本部分四坪五合を賃借中で原告がその賃貸借を承継したこと、そのころ被告が右部分に原告主張の増築をなし右増築部分が増山雅和所有の隣地約三坪半を侵蝕したが被告が右侵蝕地を増山から買い受けて原告に無償提供し、(この無償提供とは乙第一号証の一によれば贈与であることが認められる。)本件家屋の賃料を月二、〇〇〇円と定めたことは当事者間に争ない。

右増築部分について成立に争ない乙第一号証の一と被告本人尋問の結果を総合すると右隣地問題解決と同時に被告から原告にこれを贈与しこれを含め本件家屋を引続き賃貸することになつたことが認められる。

二、原告が昭和二七年四月四日到達の内容証明郵便で被告に対し本件家屋の賃貸借の解約を申し入れたことは争ない。

右解約申入は正当の事由があるものであるかどうかについて、原告主張の項目に従い順次検討する。請求原因事実三、のうち、

(イ)の点 被告が呉明録、陳媽徳に本件家屋を転貸したということについてはわずかに原告本人の供述中にこれに副う部分があるが、単に推測にもとずくものと認められ、証人陳媽徳の証言、被告本人尋問の結果と対比して到底信用できず、ほかにこの点の主証はない、

(ロ)の点 本件全家屋が国鉄大井町駅に近接することは争がなく、成立に争ない甲第八号証、第一〇号証、第一二号証の一ないし六、第一四号証の一、二、三、乙第三号証の一ないし六、証人坂本源作の証言、右証言で成立を認めうる甲第九号証、原告本人尋問の結果を総合すれば、本件全家屋は現在三戸建(もと四戸建)であるが、全体に資材および構造が粗末で相当腐蝕しており、防火上危険があるとして消防署からも改修を勧告されていること、また前記のような良好な場所にある建物としては如何にも感じも悪くこの点からいつても改造するのが相当であると認められる。

しかし改修ないし改造といつてもそのために被告との賃貸借を終了させなければならぬとは考えられないのであつて、前掲各証拠によつてみると、本件全家屋の中でも本件家屋は増築したため比較的良好であることが認められ、何らか不備があるとしてもむしろ家主たる原告が最少限度の改修工事をする義務がありまたそれで十分であつて、改造を名として賃貸借の終了を企図するのは適当ではない。なお本件全家屋中の他の部分についても必ずしも本件家屋と一括してでなければ必要な改修ないし改造ができないとは認められない(現に乙第三号証の一および原被告各本人の供述によれば原告は本件全家屋裏側に附着して二階建の菓子調理場兼住宅を増築していることが認められる。)

それゆえ本件家屋の改造の必要を解約申入れの正当事由とは認めることができない。

(ハ)の点 被告に無断増築、隣接地侵蝕の行為があつたことは前記のとおりであるが、成立に争ない乙第一号証の一ないし三、弁論の全趣旨から成立の認められる同号証の四、五によつてみると、右のような行為はすでに当時原告との間で解決ずみであることが認められるから今さら問題にするには及ばない。また被告の増築が許可にならないことについては証拠がなく、仮りにそうだとしても原被告間においては解決ずみのことであつて賃貸借関係を維持できない事由ではない。

(ニ)の点 被告が昭和三十二年七月ごろ本件家屋の土台および物干に何らか工作を加えたことは争ないが、この実情は、被告本人の供述によれば、原告が前記(ハ)のとおり二階建を増築した際これは地下室付の建物なので本件家屋の土台の一部をくずし、また建築の足場を取りこわしたとき被告方物干が損傷したのでこれらを補修したに止り(甲第一三号証の一、二、三によつても大々的な改造とは認められない。)賃借人の義務違反としてとり上げる程度のものではないと認められる。

原告本人の供述中右認定に反する部分は信用できない。

(ホ)の点 原告が本件全家屋の棟内で製菓販売業を営んでおり住居は東京急行大井線のガード下であることは争ない。乙第三号証の七、八および原告本人の供述によれば右ガード下の住居はあまり快適な住居でないことが認められるが、原告本人の供述によれば、原告は本件全家屋(もと四戸建)中右端の一戸を以前から使用していたが、右側から二戸目および三戸目を居住者から明渡を受け右端の一戸と二戸目とをあわせて前記営業の店舗とし、店員の宿泊にも使用し、三戸目は物置等に使用していること、裏側に増築した二階建(前記(ロ))に家族(妻は亡く子女三人)の一部を住まわせていることが認められる。

以上の事実と乙第三号証の一ないし六を考え合わせてみると、原告としては本件全家屋中現在使用中の部分および裏側二階建を適当に利用しあるいは部分的に改増築をすれば店舗、住宅としてさほど窮屈であるとは考えられない。従つて次項に述べる被告の生活状況と対比し原告が本件家屋を使用する必要がさし迫つているとはいえない。

(ヘ)の点 被告が本件家屋でスマートボール遊戯場を営んでいることは争なく、被告本人の供述によれば、被告は渋谷区幡ヶ谷に別に住居があり本件家屋は店舗と店員の宿泊に用いていること、本件家屋は昭和二一年賃借して飲食店をやり二年位前から現在の営業をしていること、右営業が被告の唯一の生活の資で家族(妻と子二人)を養つており他に移転先を求めるとしても非常に打撃を受けるであろうことが認められる。証人新美竹七の証言中被告が他の場所でも同種営業をしているとの部分は信用できない。

もつとも被告本人の供述によれば、被告の営業は現在あまり繁昌していないことが認められるが、被告は飲食店に転業も考えており、乙第一号証によればかような場合のためあらかじめ原告との間で営業の変更については原告は承認しなければならぬことを約していることが認められるので、本件家屋が被告の営業場所として適切でないとはいえず、むしろ場所からすれば如何様にも営業を発展せしめうるものとして認められる。

以上のとおり被告は原告に比して本件家屋に依存する程度ははるかに強いものといわなければならない。

(ト)の点 次項に一括して述べる。

三、以上を通覧するに、原告は本件全家屋の所有者であり商工業者として右家屋を改造などして全面的に活用し営業を発展させることも当然許されてよいことであるが、一方被告の賃借権もまた保護されねばならない。もつとも被告としても営業の場所として必ずしも本件家屋にこだわることなく可能な限り他に適当な場所を求めて移転を考えて然るべきである。従つてこの場合双方が明渡についてこれまで如何なる手をつくしたかが重要な問題となる。

原告本人尋問の結果および成立に争ない甲第一号証の一によれば、昭和二九年原告は被告を相手とし大森簡易裁判所に本件家屋明渡の調停を申立て右調停で立退料八〇万円の支払を提案したが被告は明渡に応ぜず不調となり本訴に及んだこと、本訴においても調停に廻付した結果原告は立退料を一三〇万円と増額し代り家屋のあつせんもしたが被告はやはり応ぜず不調に終つたことが認められる。

以上の事実の経過に関する限り被告は移転しようとする誠意、努力が不十分であると認められないではないが、そうかといつて右原告の提案が被告に明渡を求めるに相当なものであるかといえば、かように認める客観的な資料はなく、かえつて本件家屋の位置、被告が一〇年以上ここで営業していること、原告が被告賃借中の本件全家屋を買い受けたものであること、被告が前記増築部分とその敷地の一部(前記)を原告に贈与したほかその際の約定にもとづき昭和二六年一〇月および同二七年四月に諸費用顛補名義で合計九万円を支払つていること(この金員支払の事実は乙第一号証の一、二、三により認められる。)、等を参酌して考えれば、被告が原告の右提案を受け入れなかつたことが本訴において解約申入の正当理由と認められるほど不信、不誠意なものとは認めがたい。

なお成立に争ない甲第五、第七号証によれば本件全家屋中右側から二戸目と三戸目は原告主張の調停において立退料それぞれ五六万、六一万円で居住者から明渡を受けたことが認められるが、被告と右居住者とは事情を異にし同様に律しなければならない根拠はない。

四、以上の理由から原告の解約申入は正当の事由があるものと認めることができない。

五、次に原告の賃貸借契約解除の主張についてみると、原告主張の復旧催告および解除の意思表示が被告に到達したことは争ないが、前記三、(ニ)で認定したとおり被告に賃借人としての義務違反というほどの行為が認められないから右解除の効力はなく、右主張は理由がない。

六、それゆえ本件家屋の賃貸借は終了していないから原告の請求は失当である。

(予備的請求について)

前記認定の各事実を基礎として考えると、原告が予備的請求において提示する立退料八〇万円は金額の点でも相当とは考えられないが、この点はしばらくおくとしても、本件において条件付とはいえ明渡の判決をするには原告の解約申入に正当の理由があることが前提となるのである。ところがこれが認められないことは前記のとおりであつて裁判所はこの種訴訟で創設的に条件を付して契約関係を消滅させるわけには行かない以上、原告の予備的請求は理由がないといわなければならない。(なお原告が条件付明渡の判決で満足せんとすること自体が正当事由であるというかもしれないがこれは如何にも無理であつてもはや解約申入の効果の判断の問題ではない。)

(結論)

以上のとおりの理由によつて原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用は敗訴の原告の負担として、主文のとおり判決する。

(裁判官 小堀勇)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例